哀しく愛しい天使たち

哀しく愛しい天使たち

小さい時から、私の人生は、いつも犬やネコと一緒だった。彼らは直感的に境遇
の似た私に、親しみを感じ、近寄って来たのだろう。

寝るときはネコを抱きしめ、哀しい時はなぜか、犬がとなりにいてくれた。野の
花である私は、彼らの心は手に取るようにわかる。
今のようにドッグフードもなく、飼主も粗末な生活ゆえ、常時味噌汁がけのご飯
で、たまにサンマの頭でももらえれば、ご馳走の日であった。そんな彼らは
短命ではあったが、幸せな日々を共に過ごした。

30年もの昔に言った夫の言葉が、時折よみがえり、私の心を悲痛な思いに
させる。「保健所のオリの中で、殺処分される順番を、感じている彼らの目は
悲しそうで、一日ごとに迫りくる命の消える日、体は恐怖で震えているよ!」
と、可愛そうな君たちよ!! 君たちがこの世に消える哀れな姿は、どんなに
月日は流れゆきども、私の心によみがえり悲しい涙をさそう。

20年、30年と月日は風のように過ぎ去っているのに、悲しい涙でよみがえる
3匹のワンちゃんがいる。
私が独身寮のまかない婦として、寮の片すみに親子で住んでいた、35才位
の時であった。長男も私に似て犬が大好き、夫と私は困り果てていた。
と言うのは、夜勤の多い寮生の方々に、犬の鳴き声がすると迷惑なのである。
長男が4年生の時に、とうとう熱意に負けある日、夫は息子を連れて保健所
へと向かった。

あと一日たつと殺されてしまうという、「可愛い子犬」、しっかり抱きしめて
帰った息子の顔は、満面の笑みで、心から嬉しさがあふれていた。
その時の息子の姿は、私の記憶のアルバムから、いつでもよみがえって
くるのです。息子はベッドで、共に寝るほど可愛がっていたのだ。
この子の名前は、「マル」と名づけ、よく吠えるワンちゃんだった。

建物から少し離れたところで、寒かったのだろうか。風邪をひき肺炎にな
ってしまったのだ。獣医さんに診ていただき、「アーア、よかったね!」
と、安心していたのに、回復するはずだったのに、「まさか!!」
が起きてしまったのである。犬の大好きな寮生が散歩に連れて行ってしまった
のであった。
「アーア、大変!!」まだ安静中なの、にマルは言葉が話せないよ。
私の安心していた、ちょっとの間の出来事、帰って来たマルはゼイゼイと息も
あらく、もう死にそうであった。

私は体中の水分が涙となって、マルの顔に流れ落ちていた。
「ゴメンネ!ゴメンネ!」、私はすすり泣きをしながら何度言っただろうか。
寮生は悪くはない、何も知らなかったのだ。はり紙でもしておけばよかった
と、いっぱい、いっぱい、悔やまれた。
私の涙で包まれたようなマルは、息苦しさに耐え、目を閉じる寸前まで
ジーっと私を見ていた。「今までありがとう。」と、言っているかのように。

そしてゆっくりと目を閉じ、そのまま二度と開かなくなってしまった。
私は涙が枯れてしまうまで、その場から離れなかった。そばで二人の寮生が、
泣いている私とマルをしばらく立って見つめていた。
マルは、息子が学校へ行っている間に天国へ行ってしまった。その夜、息子
はマルの思い出と共に、泣きながら眠りに就いたのだろう。

マルが天国へ行ってから、一年後のお盆の頃でした。寮の玄関に白い子犬が
うずくまっていた。手に取り抱いてみると、まだ生後3カ月位の天使のよう
な可愛い子犬だった。尾っぽは栄養失調と体調不良で毛が半分しか生えてなく、
ちょくちょくお尻からは血液が滴り落ちていた。
お行儀のよいこの子は、たびたび草むらに用をたしに行くのであった。

あまりにも小さく可愛いので、私は「チビチビ」、と呼んでみた。
すると嬉しそうに、ニコニコしながら私のほうへ飛んできた。
私に助けを求め、今まで玄関でジーっと耐えて待っていたのだろう。
なんとか助けてあげたい一心で、すぐ獣医さんへ連れて行き、説明を受けた。
胃も腸も全部砂だらけだと言う。もう手の施しようがないと言っている。
砂で重くなった腸はビクとも動かず、排出されない、傷ついたお腹からは血液
しか出てこなかったのだ。

「祈りを込めた入院」、翌朝飛ぶように自転車を走らせ会いに行ったのに、
ドアを開けた私の目と心は凍りついてしまった。
何度、「チビ!チビ!」、と呼べども涙だけが流れ落ちた。
昨日はニコニコと走っていたのに、横たわったままの体は微動だにしない。
「どうしてなの、チビちゃん!」、こんなことなら痛い思いをさせずに私の胸の
中でいっぱいの愛を与え、たとえ短い命でもこの世に生きた証として、幸せな
数日を過ごさせてあげればと、無念なチビの姿に私の心は、後悔で張り裂け
そうであった。
私が、「チビ!チビ!」、と泣き叫ぶと小さな体は小さな声で、わずかに応
えてくれて、送りお盆の日に天国へ旅立ってしまったのであった。

チビは生後2〜3カ月の時に捨てられた。寮のとなりに小さな公園があり、
子供たちがこぼしたジュースの砂を、おなかがすいていたチビは、
「おいしいよ、おいしいよ」、と久しぶりにお腹いっぱいになるまで食べてしま
ったのだ。喜びはつかの間、苦しみが直後に始まり、おいしかった砂なのに
血液だけしか出てこない。私の必死な願いはむなしく、無念の涙と共に息絶
えてしまった、「チビよ!」、砂を食べる前に出会えたなら、私の胸に抱かれ
し温もりの幸せな日々だったのに。「チビちゃん!」、あなたは夢のような哀
しみを残して、風のように一瞬に去ってしまった、命のはかない可愛い天使
でした。

その後、寮のまかない婦を終え、今の地に越して過ぎ去る二年の月日と共に、
我が家にはすでに二代目のチビがいた。寮の時に亡くなった哀しいチビに似
ていたので、またチビと名付けた。この子も道の端に、捨てられていたのを
救ってあげたのでした。このチビは放し飼いで、広いお庭の中を走り回って、
幸せな日々を送っていた。
そんなある日のこと、薄茶色で小型の親子連れが門の所にいると、夫の声がし
た。行ってみると、まだ生後二〜三ヶ月ぐらいの子連れの親子だった。

愛らしそうな親子、母犬は苦労して、ここまで子犬を育てて、我が家に安らぎの
匂いがしたのだろうか。門のところに座っていた。私は「エサだけでもあげよ
う!」と、主人に頼んだが、もう一匹いるし、三匹になってしまうのでだめだと
いう。エサをあげると帰らないからと言って、門の下の隙間を板でふさいでし
まった。子犬は小さいので、わずかな隙間から入ってきて、チビの所に行き、
コロリンとお腹を出してはお願いをしているようであった。

数時間、その親子は門の外で横たわっていたが、いつの間にか姿は消えていた。
でも翌日、また門の所へ来ていた。どこへ行っても追いとばされたり、蹴られ
たりするのだろうか。何にもしない我が家に、救いを求めて再度やって来たの
だった。その親子の心の内は必至だったのだろう。夫は三匹は無理だから、
絶対ダメと言った。愛らしい母犬は、ジーッと私を見つめている。その表情
に、「お願い助けてー!」、と聞こえる。その翌日からは、可愛そうな親子連
れは来なくなった。でもその面影は、今も私のまぶたに浮かび、心はいつも懺悔
している。

不思議なことに、この親子と私とは細い絆で結ばれていたのであった。
それから約半年後、スーパーの帰り道、自転車の後を一生懸命に走ってくる子
犬がいるのに気がついた。子犬と一緒に我が家につき、驚いた。薄茶色のまだ
あどけなさの残るワンちゃんは、チビの前へ行きコロリンとお腹を出した。
とっさに、「あ!」、あの時の子犬だと直感した。私のにおいをおぼえていて、
命懸けでついてきたのだった。もう母犬はいない、ひとりぼっちであった。
母犬は死んでしまったのだろうか。「今までよく生きてきたネ。よく保健所にも
連れていかれなかったネ!」
私はあまりにも哀れな姿に、あふれる涙は拭いても拭いても止まらなかった。

私の姿に夫の許可が出て、三度目にしてようやく、我が家の家族になれたの
である。その後我が家は二匹のワンちゃんで大にぎわいとなる。
この子は女の子で、よく番をしてネ、と言って、「バン」と名付けた。一年近
くも野良犬生活だったのに、とてもお行儀のよい子でした。私はこのバンち
ゃんを見ていると、あの哀れな母犬の姿が重なる。あの時は助けてあげられず
「ゴメンネ!ゴネンネ!」、この子はお母さんの分までも大切にしますよ、と
誓い度々バンを抱きしめた。

その後バンは十六年も長生きをして、幸せな日々を送ることができたのです。
バンが我が家に来た頃は、他の犬と違い私がバッグやカサを持つと、怖がって
逃げていた。今まで大勢の人々に、バッグやカサでたたかれたりしたのでしょ
うね。ある日、バンを自転車の前かごに入れて、獣医さんに行く途中、信号の
ある大きな十字路を渡ろうとした際、とっさにカゴから飛びおりようとした。
ヒモが付いていたので助かったけど、おそらくバンのお母さんはこの十字路を
渡ろうとして、車にはねられ死んでしまったのだろうか。バンはその時の匂い
がして、逃げようとしたのだろう。

子犬の時に、母親を目の前で失い怖い思いもし、一人ぼっちになった、可愛そ
うなバンちゃんよ!
そのバンちゃんも、二年前に天国へ旅立った。今はお母さんに甘えているだろ
うか。この世に、私の命ある限り、永遠の思い出として、一緒に歩き続けてい
く、愛しい天使たちよ。夕暮れとともに天を仰ぐ、一番星、二番星、次々と輝く
星空、「オーイ!私の天使さん!どこにいるのー!」